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2017/08
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夏の思い出を胸にはさんで
 フラメンコを習い始めて10年が過ぎました。何度も踊ってきたセビジャーナス。
とても華やかで大好き……なはずなのに、なぜか必ず「やってしまう」セビジャー
ナス。今までの数ある「やってしまった」ことの中で、1番恥ずかしかったこと。
それは地元の夏祭りでのことでした。
 2列になって前後入れかわる構成で、私は2番と4番を前列で踊り、最後は全員
で輪になってしめるというものでした。アバニコを使うのは2番と3番で、1、4
番は胸にしまっておきます。悲劇は4番を踊り始めた頃から始まりました。アバニ
コが下へさがっていくのを感じたのです。このままではツーピースのお腹からアバ
ニコを産んでしまう! 踊りなれたセビジャーナス。身体は自然に踊り続け、笑顔
もしっかり保っています。が、私は笑顔のまま、一番の見せ場がきたところで、胸
元に手をつっこみ、出す予定のないアバニコをむんずと取り出してしまったのです。
そして、これも私のブラソですとばかりに、一人閉じたままのアバニコを振り回し
て踊ったのでした。
 ああ~、沢山の観客の前で胸元に手をつっこみ1人だけアバニコを持って踊るのと、
ブラウスの裾からアバニコを産み落とすのと、どちらが目立たなかったのかと今でも
思い悩んであまりある、夏の夜の思い出です。いつになったら「やってしまう」こと
なくセビジャーナスを踊りきれるのでしょう。次の出番は未定ですが、とりあえずし
ばらくはアバニコを胸にはさむのはやめておこうと思っています。

(日本海のそば・TAMA/40代)

TAMA15

※パセオフラメンコ 24年8月号掲載作品
今とは違う私で
 13年前に習い始めたフラメンコ。彼氏と別れた時も、仕事が忙しくて苦しかった
時も、フラメンコを踊っていれば幸せだった。主人と出会い、結婚したときも、年
齢的に子供は早めに作るべきだったけれど、フラメンコを優先した。舞踊団にも抜
擢され、夢のような経験をするうちにますます妊娠は先送りになり、気付けばアラ
フォーになっていた。遅ればせながら不妊治療を開始。治療は肉体的にも精神的に
も辛いけど、ここでもフラメンコに救われている。病院と相談しながら、初めての
ソロにも挑戦。この舞台が終わったら、しばらくお休みだから悔いのないように踊
りたい。
 フラメンコは踊り続けていなければ自分からどんどん遠ざかってしまうと思って
いたし、お休みしたら自分だけ取り残されてしまうと、いつも不安だった。「フラ
メンコは逃げない」その通りだと思う。頭ではわかっているけれど、それでも不安
だった。でも今は「フラメンコを逃がさない。」と思っている。私はきっと子供が
産まれたら抱っこしてフラメンコを踊るし、身体が動く限り踊り続ける。体が動か
なくなっても、ハレオをかけ続ける。そんな揺るがない思いを13年たってやっと確
信できた。そうしたら、人生の幅を広げてからフラメンコを再開するのも悪くない
のでは? と思えるようになった。私はきっとフラメンコを逃がさない。今はベビ
待ちフラメンカだけど、いつかママフラメンカになって、今とは違う私で舞台に立
ちたい。レッスンもベビ待ちも頑張るぞ!

(東京都・あんじゅ/40歳)

あんじゅ15

※パセオフラメンコ 24年7月号掲載作品
母がくれた言葉たち
 幼稚園から習っていたフラメンコを、高校生になってお休みしました。
勉強と部活が忙しくなったからです。だけど、私はその部活でいじめに
あいました。そして私は病気になり、部活にも学校にも行けなくなりま
した。
 お母さんはそんな私を見て、いろんな言葉を言いました。いじめる側
じゃなくて、いじめられる側でよかった。いじめられる人の痛みを知る
ことができたから。少しの間がまんすれば相手はすぐに飽きるから大丈
夫。次はいじめてる人がいじめられるから見ててごらん。部活なんてや
めてフラメンコに戻れば?フラメンコがあってよかったじゃない。私は、
お母さんが私の苦しさを軽く考えていると思い、いじめられて良かった
なんて言うお母さんを最低だと言ってしまいました。
 だけど、時間がたってみたらその言葉たちは全部本当でした。いじめ
はすぐにおさまり、ターゲットはローテーションしていきました。私を
いじめていた人がいじめられていくのを見ました。私はお母さんと約束
したことを思い出しました。次におこるいじめに参加しないこと。いじ
められる側の苦しさを知っていたから、絶対にいじめる側にはまわらな
い。いじめられてよかった。この言葉の意味を初めて理解しました。
 そして私は部活をやめました。小さい頃からやっていたフラメンコを
続けたいからという理由で。フラメンコがあってよかったという言葉も
よくわかりました。ほんとにあってよかったです。病気も治りました。
今は楽しく踊っています。

(風の谷・ホワイトクッキー/高1)

ホワイトクッキー

※パセオフラメンコ 24年6月号掲載作品
月に映える白い花
 もう一昨年の冬のお話です。今思えば、軽い鬱だったのかもしれません。
かろうじて仕事には行っていましたが、毎日続く頭痛と倦怠感で家事は一
切できず、仕事以外は荒れた部屋で眠るだけの日々が続いていました。
大好きだったフラメンコもお休みしました。
 寒い冬が過ぎ、春も終わりに近づいた頃、私はひとり夜桜を見にでかけ
ました。もうほとんどの花は散り、葉桜模様でしたが、月の明るい晩だっ
たので、夜空に映える緑の葉と、少しの白い花がとても美しかったのを今
も鮮明に覚えています。その日に何があったわけでもありません。なぜそ
の日に、全ての苦しみから抜け出せたのかもわかりません。その美しい景
色をひとりしばらく見ていただけでしたが、なぜか悩んでいたことがとつ
ぜんくだらないことに思えてきたのです。そしてスッキリした私の頭に浮
かんだのは、やはり「フラメンコを踊りたいな」だったのでした。フラメ
ンコが私の中にあったことに感謝しました。仲間たちは何も聞かずにガリ
ガリに痩せた私の復帰を喜んでくれました。半年以上のブランクですすん
でしまった振り付けを時間外にスタジオをとって教えてくれました。
 あれから桜が2度咲きましたが、夜空に映える葉桜を見ると、今も懐か
しいような苦しいような感覚に陥ります。あのとき、仲間たちが教えてく
れたカラコレスはすっかり忘れてしまって踊れませんが、皆の優しさと温
かさは、あの日の美しい桜と共に今も私の心の中にずっと咲き続けています。

(神奈川県・あずき/44歳)

あずき

※パセオフラメンコ 24年5月号掲載作品
あなたの笑顔のために
 月に一度、慰問に行く老人ホームに、比較的若い「おじさま」が入居し
ていました。なんでも難しい持病を持っているため、奥様に先立たれたあ
と、息子さんたちに引き取られるのが難しく、医療完備の施設に入居した
そうです。しかし、家族に捨てられたと思い込み、心を閉ざしてしまった
おじさまは、踊りを見ても一度も笑ういことはなく、触れ合いタイムでは
いつも私の手を振り払いました。私は傷つき、そして傷つく自分に落ち込
みました。理由があるから仕方ないと説明されているにも関わらず、感情
が先立つ自分が悲しかったのです。
 そんなおじさまが、ある日、私の手を握り「明日一緒に釣りをしよう」
と言いました。ホームの庭でめだかを釣るイベントでした。私が特別に参
加させてもらうと、おじさまはその日、終始笑顔で、最後に「フラメンコ
が月に一度の楽しみなんだよ」と小さな声で言ってくれました。「今まで
傷つけて悪かった。許してもらえるとは思っていない」と。その瞬間誰が
慰めてくれても晴れることのなかった私の心が嘘のように晴れました。私
の方こそ、おじさまのこと解っていたのにあまり好きじゃないなんて思っ
てしまったことを、とても後悔しました。
 おじさまの前で踊るのが憂鬱だったフラメンコを、今ではおじさまのた
めに踊っています。おじさまの喜ぶ顔を見るためだけに、練習しているよ
うな気がしますが、それが自分の喜びでもあるのです。次回は明るく楽し
いアレグリアスが見たいそうです。

(横須賀市・ラディ/27歳)

ラディ

※パセオフラメンコ 24年4月号掲載作品
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