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TOSYsama 編集作品 「愛しのファルーカ」
 フラメンコ教室に通い始めて、クラスの仲間とも親しみ始めた頃、いつも帰りが一緒になる女性が「はい、これ。男性の踊りの参考になると思うよ。」と一本のビデオテープを貸してくれました。
 それが初めて観たアントニオ・ガデスのファルーカだった。
その品格、美しさ、力強さに目が釘付けで、心を奪われるとはこのことだなと思ったものです。このビデオがフラメンコにのめりこむキッカケであると同時に、私たちを結びつけるキッカケにもなったわけです。
 後日、彼女とアントニオ・ガデスのことで大いに盛り上がり、その頃から、ご飯を食べに行ったり、映画を観に行ったりと二人は親密さの度合いを増していったわけですが、当時はお互い奥手で付き合っていたとはいえない関係でした。二人の関係が恋人といえるようになったキッカケは、私が3ヶ月のスペイン旅行を決め手からのこと。
今でも、当時のことは覚えてますが、空港に見送りに来てくれた彼女が泣き出してしまい、周囲の人に白い目で見られた記憶があります。よほど悪い男に見えたんでしょうね。
 ともあれ、マドリードを訪れ、当時の師匠の紹介状を持ってアモール・デ・ディオスを訪れました。ここではセビジャーナスを覚えたばかりの私には苦しい経験がたっぷりでしたが、彼女からの電話や手紙に元気付けられ挫折せずに過ごせました。
 帰国してからの私たちは、周囲が認める恋人同士でした。
初めは、個人レッスンで受けていたファルーカでしたが、当時の師匠の思いつきでパレハ(ペア)で踊る構成となり、二人でレッスンを受け、時間を作っては自主練習をしたものです。彼女のほうが先輩であったため、ともするとリードされる羽目に陥ってましたが。
 そして発表会当日、彼女にメイクされ...今思えば、やりすぎのメイクだろうけれど...舞台に臨みました。二人で練習した成果を披露する喜びと緊張感のなか、踊りぬいたときの達成感と観客の拍手は最高の気分でした。発表会終了後も、同じ練習生の仲間からも口々に「良かった」「素敵だった」と声をかけて頂いたのを今も覚えています。
 その後、お互いの両親に紹介するほどに進展した関係も、些細な行き違いから別れてしまいました。実際のところ、仕事に支障がでるほどの落ち込みで、よく解雇されなかったなと思えるほどのやる気のなさ、いい加減さでした。フラメンコもそのために辞めてしまったのです。
 数年間、フラメンコから遠ざかったまま、仕事上の人事異動で大阪から愛知に引っ越してきました。営業の途中、繁華街で見かけたフラメンコの看板、「また、やってみようかな。」という気持ちがよぎると矢も盾もたまらず、体験レッスンを申し込みました。今では昔以上にのめりこみ、気がつけば、勢いに任せてフラメンコ教室を主宰するようになっていました。そして、今もライブやイベントではファルーカを踊ります。もちろん、ソロで踊るばかりですが、ふとした時に彼女が側で準備してるような錯覚におそわれ、この曲を踊る時には懐かしさと悲しさがいつも胸にこみ上げるのです。








TOSYさま。。。
素晴らしい作品の投稿ありがとうございます。
美しい。。。
切なくて泣ける。。。

あの。。。
もったいなくて削れないっすけど。。。?


しゃちょ。
パセオで連載したら?
って感じですな。


只今の文字数1248文字でございます。
半分切るのかぁ?。

つらーーーい!

このまま3枚挿絵を入れて絵本にしたいくらいだけど。
では頑張って編集して参りましょう。


TOSYさん。
ひとつお願いがあります。

彼女との熱い恋と、それを終えられた悲しみを乗り越えて
今のご自身の人生にプラスになったことを教えてください。
彼女に教えてもらったこと。
彼女と出会えてよかったと思えること。
セビしか踊れない状態で本場へ行き、苦しんだことで学べたこと。
あの頃の自分と今の自分を比べて成長できたと思えること。


それを足して・・・(2000文字とかになるのか???)
それから泣く泣くこの美しい文章を削りたいと思います。


ハァ。。。
ヨラ、せつない。


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★TOSYさま
TOSYさん。
最後は個人メールで仕上げてしまいましたね^^;
ありがとうございました。
いったんこちらのエントリは閉じますね。

次は「完成作品」の方でお会いしましょう♪
★TOSY sama
TOSYさん。
改めて書き直していただきましてありがとうございます。
でもそれでもまだまだ916文字の大作でした^^;

断腸の思いで619文字にしたのですが↓↓↓
これ。もちろん「こうしたらどうですか」という提案ではありません。
かーなーり文章ヘンだし。。。
でもTOSYさんの文章って独特だから
あまり語尾も触りたくないんですよ。
ヨラ調にまとめたくないのです。

なのでとりあえず、これが600~620文字です。という見本。
長編小説だから600文字になると
どうしても内容が薄くなっちゃうのが惜しいですね。

TOSYさんの文章力でなんとかフォローできますでしょうか。
またお時間のあるときに考えてみてください。
よろしくおねがいします。


とある女性が貸してくれたビデオ。アントニオ・ガデスのファルーカ。その品格と力強さに心を奪われました。その後彼女とガデスのことで盛り上がり、新密度が増し、私がマドリードへ旅立つ空港では彼女が泣き出してしまいました。
 アモール・デ・ディオスを訪れたが、セビジャーナスを覚えたての私には苦しい経験でした。コンパスやリズム、曲の構成をまったく理解していないことに始まり、スペイン語が話せない。大の男が半泣きだったのです。彼女の電話や手紙に元気付けられ、挫折せずに過ごせました。
帰国してからの私たちは、周囲が認める恋人同士でした。発表会ではファルーカをペアで踊る構成となり、二人でレッスンを受け、時間を作っては自主練習をしたものです。本番で踊りぬいたときの達成感は最高でした。仲間からの賞賛の声を今も覚えています。それからもカンテやパルマを研究したりと良いフラメンコ仲間でもありました。彼女のバックで歌うために覚えた多くの歌は今も歌っています。
そんなかけがえのないパートナーと些細な事から別れてしまいました。仕事に支障がでるほど落ち込み、フラメンコも辞めました。数年たって見かけたフラメンコの看板、「また、やってみようかな」。再開して良かったと思います。今では昔以上にのめりこみ、ふとした時に彼女の影を感じ、ファルーカを踊る時には懐かしさと悲しさが、いつも胸にこみ上げます。あの経験があっての今の私なんだと、ようやく納得できるようになったところです。

No title
5度目の校正(12月29日)

クラス仲間の女性が貸してくれたビデオが、若きホアキン・グリロのロメーラでした。私達は、彼のことで盛り上がり親密になりましたが、やがて周囲も認める恋人同士になっていました。
当時の師匠の紹介状を持ってマドリードのアモール・デ・ディオスを訪れたものの、経験不足の私には苦い体験でした。コンパスや曲の構成を理解していない事に加え、スペイン語が話せないのが辛かった。何気ない言葉も、厳しく聞こえて、情けないことに大の男が半泣きでした。今ではあの経験があってこそと、納得できるようになりましたが、彼女のはげましが無ければ、どうなった事でしょう。
 帰国後、私たちの出会いのキッカケのロメーラをペアで踊ることになり、二人で自主練習したものです。本番当日、緊張の中での舞台を踊りぬいたときの達成感、仲間や観客のの賞賛は最高でした。その後もカンテやパルマを共に学び、私達は最高のパートナーでした。彼女のためにと覚えた歌詞を今も歌います。
 別れは突然でした。仕事で支障をきたすほど悩み、フラメンコも辞めてしまったのです。数年後、営業時に見かけたフラメンコの看板、思い切って再開しました。そして今もロメーラを踊る時、思い出と悲しさが胸にこみ上げるのです。
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