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2017/11
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この記事の下にはパセオフラメンコに採用された作品がならんでいます。
辛いのはあなただけじゃない。みんないっしょ。みんな毎日頑張ってる。
読んだらきっと元気マンタンで帰れるよ。よらもいつもここでパワーをもらっています。


ミニミニキメ子
   気に入った文章や絵があったらコメントもしてね~


七転び八起き手ぬぐい



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誹謗中傷対策ジャッジメント
いいですね
★みんみsama
みんみさん
イベントお疲れさまでした。
「定期的にやろう」とお声が掛ったということは
ほんとに大盛況だったんですね。

おちついたらこちら仕上げましょうね^^
http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-33.html
いいネタ待ってます♪

No title
無事1月22日のイベント終わりました

マイミク ルカさんのお友達方に盛り上げて頂きまして、大盛況でした
人数の少なさとレパートリーの少なさは、レクチャーコーナーやら「衣装着てみませんか?」コーナーなどの荒業でなんとかカバー
あ・踊りのつたなさはカバー出来ませんでした さすがに

以前に同じ教室でフラメンコ習ってて今はヒップホップに転向した男の子もお弟くんと共に参加、カッコいいダンスを披露してくれました
この際ジャンルの違いは置いといてダンスイベントをひたすら楽しむと言う、この辺がエセ・フラメンコ集団 (≧ε≦)プッ!

お店のマスターからは「定期的にやろうよ~」と言う有難いお言葉と、ステージ構成などのアドバイスなどを頂きました
しかし定期的にとなるとレパートリーの少なさは超ネックですね、おまけに増える見込みもナシ

でもとりあえず今回、ライブハウスタブラオ化計画は順調にスタート(?)です
★みんみsama
鍵コメさん改め、みんみさん♪

みんみさんコーナー作りました。
ヨラの大好きなローカルフラメンコネタに
張り切ってます。

いいな~。このド根性。
カッチョイイ文章に仕上げましょうね。
↓↓↓

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-33.html
★amon sama
amonさん^^

はじめまして・・・かな?
投稿ありがとうございました。
男性のご意見、フラメンカの家族のご意見は
貴重なのでとても嬉しいです。

かるめんちゃんの旦那様ですね。
なるほど。かるめんの浮気のお話ですか^^
こちらへいらしてください♪

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-32.html
★鍵コメ sama
素敵な投稿ありがとうございます^^
あとは個人メッセで文章を仕上げましょうね。
No title
「今週、妻が浮気します・・・ フラメンコ編 」


最近よく鼻歌を歌う。機嫌がいい。心なしか体が引き締まり、肌のツヤもよくなっている。異変を感じたのは、息子が学校へあがり、妻がフラメンコを習いだした頃のことだった。週に一回だったレッスンは、2回、3回と増えてゆき、夜中に帰宅したり、酒を飲んで帰って来ることも増えてきた。その様子に疑ったのは浮気だ。フラメンコへ行くと、妻はニコニコと過ごし、子供たちにも優しい。くだらない無駄遣いも減ったようだ。後ろめたい気持ちの裏返しか?
これは相手をつきとめてやる。更に、心を落ち着けて様子を覗ううちにとんでもない発言が飛び出した。「赤ちゃんができた」と。聞けば、浮気などしていないという。フラメンコは、俺のために踊っていると。しかし俺のためにはくびれなかったウエストが、フラメンコの衣装を着るためにはくびれるのか。子供を産んだ後も、あっという間に体型を戻し、ヘンなDVDで痩せ体操を踊り、短いフラメンコを習ってきては、台所でみっちり踊る。家事も育児も手早くこなし、意気揚々と出て行く妻の後姿を見ていると、「浮気相手はフラメンコだったのか」という結論だ。しかし、生き方、考え方、体型から何からまるごと覆すほどのフラメンコ。完全に心奪われている。今週妻はライブで踊る。「絶対に見に来てね」と言っていたが、爪を手入れしたり、髪を染めたり、衣装を何度も着て鏡の前で踊る姿を横目に・・・俺はかのドラマのように「今週、妻が浮気します」そんな心境だ。

管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
★AOI sama
AOIちゃん。ありがとう。
こんなに早く、こんなにいっぱい書いてくれて。

AOIちゃんコーナーつくったのでいらしてください。

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-31.html
ヨランダさんへ
えっと、ここに書いたらいいのかな?
結局フラメンコから離れてしまった私の話でいいのか分かりませんが、とりあえず。

フラメンコをやめて、というか、自然に遠ざかって既に2年が経ちました
何故、あんなにどっぷり浸かっていたフラメンコから遠ざかったのか?
夫が失業したから?
そんなときに娘が中学受験を希望したから?
長らく専業主婦だった私は慌てて仕事を見つけ、家族のために働くようになり、考え方がガラッと変わりました
やるからにはいつかプロに、とすぐにプロと同じ土俵に上がりたがるおめでたい私は、その夢が叶わないとなると軽く非行に走りました
日本のフラメンコなど所詮有閑マダムの道楽じゃねーか?と
そこで私は自分の腕1本で誰にも教わらず金をかけずにプロになってやる、とそのとき手許にあったカホンと共に生きていこうと決めたのでした
仕事はパートとはいえ、学生時代のバイトのようには甘くなく、必死で日々の業務をこなし、初めての中学受験にとまどいながら、追い立てられるようにあっという間に2年間が過ぎました
それでも私は良さそうな木の床の上に立つとつい、カタカタ
未だにサパテアード?をしちまうんですねぇ
これはいったいどうしたことか?
私はもう、ありがとうをグラシアスとかいいません
パソコンに向かうとつい衣装を検索することもありません
拍手をすると人一倍目立ちますものの
前髪パッツン
パコデルシアとサンタルチアの区別も危うくなっているというのに
木の床を歩くとつい、リズムを奏でてしまう。。。♪
私はフラメンコの何が好きだったか
リズム、が好きだったんですね
リズムを奏でることが、楽しい
それならフラメンコにこだわることも無い、かと
そして自然とフラメンコからは離れて行きました。

私は今、ギターをヴァイオリンに、カンテをピアノに変え、自分がカホンを叩いて三位一体の音楽を目指しています
カホンに出会えたのはフラメンコのおかげ、そしてそれはカホンをフラメンコに取り入れ、広く紹介されたパコデルシアさんのおかげです
もちろんパコデルシアとサンタルチアの区別がつかないなんてタチの悪い冗談です
実はほんの2週間前、木の床の上で演奏していた時に、フラメンコシューズを履いて足でリズムを刻みながらカホンを演奏できないかと考えていたところに、ヨランダさんから突然の連絡がありまして、思ったままを書いてみましたが、趣旨に合わないようでしたらごめんなさい
作り話でも、と思いましたが素人がやはり嘘を書くのもね、どうかと思いまして。。。

フラメンコからは度胸をもらった気がします
何があっても、へっそれがどーした?というような
そして、フラメンコの芸術性の高さ、難易度の高さにも改めて気づかされる日々です
人生のあるひととき、フラメンコに浸かれたことを心から感謝しています。

まとまりのない文ですが、こんなところで。
★Penpen sama
Penpenさん

リライト挑戦ありがとうございます。
こちらで頑張って再度完成させましょうね^^

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-30.html
No title
以前箇条書きで投稿したものを、つながった文章に直してみました~。

「ペンギンと呼ばれて」 Penpen 熊本県 34歳

 職場の先輩に「30過ぎても幼児体型ってある意味スゴイよな」と真顔で言われたこのボディラインのせいで、高校時代から「ペンギン」と言われ続けてはや×年。今や「ペンギンに似てる人」を通りこして、すっかり「日本語をしゃべるペンギン」扱いです。衣装のすそをヒラヒラさせて踊っていたら、妹に「踊るイソギンチャク」、明るい緑の衣装をあつらえたら「踊るガチャピン」と言われました。「じゃあ何着て踊ったらいいんじゃー(怒)」とつめ寄ったら、「いいじゃないドレスなんて。お姉ちゃんはいつも自前のタキシード!」と言いやがった。部屋で、手首を外回し、内回し…と基礎練習に励んでいると、その妹がそっとのぞいて、同情に満ちた目で「お姉ちゃん、飛ぶ練習?やっぱり飛べない鳥のコンプレックス?」と言います。…いっぺんシメるぞ。
 身内だけでなく、発表会だからとマニキュアをぬれば、友人に「今日の手羽先は気合い入ってるね!」と言われ、頭に大きなリボンをつけてフロアに立ったら、同期の男どもから「ドラミちゃんみたい」という感想が。「え?ドラミちゃん可愛いじゃん。ホメてるって」って、ホメてねぇぇえ!
 こんな扱いにうちひしがれていると、妹がそっと肩をたたいて、耳元で「またまたお姉ちゃん。本当は自分でもちょっぴりオイシイと思ってるくせに」とささやいて去って行きます。
★PASTORA sama
了解しました^^

では(PASTORA/年齢非公開/神奈川県)
で受け付けいたします。

お手数ですが、本名と住所を
http://form1.fc2.com/form/?id=412324
こちらまでお知らせください。
手ぬぐいを送らせていただきます。

年齢を「永遠の17歳」とかにかえたい場合は
その旨もおしらせください。

ご協力ありがとうございました。
No title
ヨランダ様

ありがとうございます。
パセオに載せても大丈夫です!(←載るかどうかわかんないけど)

ペンネームはPASTORA、年齢は非公開です(スイマセン)。神奈川県在住。

削ったり修正するところはありません。このままでお願いします。
★PASTORA sama
投稿ありがとうございます。
PASTORAさまコーナー作りました。
こちらへお願いします^^

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-29.html
これでいいんだ、と。
カンテ歴は一丁前にあるのに、「声」だけがカンテじゃない。
録音聴いても自分の唄ってるDVD見ても、「日本人女性が真似してるだけ」に聴こえてしょうがない。
あんまりにも自分の声にコンプレックスが大きすぎて、唄うことすら怖くて、たまらなかった。

傷心旅行のつもりでスペインに旅立った。

何日かすると異国での暮らしにも慣れ、友達も少しずつ増えてきた。

ある週末の夜、行きつけのバルで友達と飲んでいると、ギターを持った人達が現われ、ちょっとしたフィエスタ状態になってしまった。
しばらく時間が経ち、友達のひとりが
「PASTORAも唄ってみろよ!」と言う。
・・・自分にできるのか?このフラメンコの産まれた土地で唄っていいのか?フラメンコの声を持たない日本人の自分が、そんな大それたことをしていいのか?
逡巡している自分を、友達が舞台へと引き上げる。
ギタリストは既にカポをあげて待っている。
・・・ブレリアを一節、二節。

唄い終わったあと私の耳に聞こえてきたのは、地鳴りのような「ゥオレー!」と拍手だった。

スペイン語もろくに話せず、フラメンコの声も持っていない自分が、初めて「心を交し合った」瞬間だった。

後になって、ギタリストと話をすると、
「お前はフラメンコの心を持っている。それがいいんだ。声なんか関係ない。これからも続けるべきだ」と抱きしめて励ましてくれた。

声は変わらないが、あの時の拍手と「ゥオレー!」の嵐に励まされて、唄い続けている現在の私である。

★TOSY sama
TOSYさん。
美しい小説みたいなお話をありがとうございます。
こんな素晴らしき作品に
贅沢ながらお願いがあります。
どうぞよろしくおねがいいたします。

↓↓↓
http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-27.html
愛しのファルーカ
「愛しのファルーカ」

 フラメンコ教室に通い始めて、クラスの仲間とも親しみ始めた頃、いつも帰りが一緒になる女性が「はい、これ。男性の踊りの参考になると思うよ。」と一本のビデオテープを貸してくれました。
 それが初めて観たアントニオ・ガデスのファルーカだった。
その品格、美しさ、力強さに目が釘付けで、心を奪われるとはこのことだなと思ったものです。このビデオがフラメンコにのめりこむキッカケであると同時に、私たちを結びつけるキッカケにもなったわけです。
 後日、彼女とアントニオ・ガデスのことで大いに盛り上がり、その頃から、ご飯を食べに行ったり、映画を観に行ったりと二人は親密さの度合いを増していったわけですが、当時はお互い奥手で付き合っていたとはいえない関係でした。二人の関係が恋人といえるようになったキッカケは、私が3ヶ月のスペイン旅行を決め手からのこと。
今でも、当時のことは覚えてますが、空港に見送りに来てくれた彼女が泣き出してしまい、周囲の人に白い目で見られた記憶があります。よほど悪い男に見えたんでしょうね。
 ともあれ、マドリードを訪れ、当時の師匠の紹介状を持ってアモール・デ・ディオスを訪れました。ここではセビジャーナスを覚えたばかりの私には苦しい経験がたっぷりでしたが、彼女からの電話や手紙に元気付けられ挫折せずに過ごせました。
 帰国してからの私たちは、周囲が認める恋人同士でした。
初めは、個人レッスンで受けていたファルーカでしたが、当時の師匠の思いつきでパレハ(ペア)で踊る構成となり、二人でレッスンを受け、時間を作っては自主練習をしたものです。彼女のほうが先輩であったため、ともするとリードされる羽目に陥ってましたが。
 そして発表会当日、彼女にメイクされ...今思えば、やりすぎのメイクだろうけれど...舞台に臨みました。二人で練習した成果を披露する喜びと緊張感のなか、踊りぬいたときの達成感と観客の拍手は最高の気分でした。発表会終了後も、同じ練習生の仲間からも口々に「良かった」「素敵だった」と声をかけて頂いたのを今も覚えています。
 その後、お互いの両親に紹介するほどに進展した関係も、些細な行き違いから別れてしまいました。実際のところ、仕事に支障がでるほどの落ち込みで、よく解雇されなかったなと思えるほどのやる気のなさ、いい加減さでした。フラメンコもそのために辞めてしまったのです。
 数年間、フラメンコから遠ざかったまま、仕事上の人事異動で大阪から愛知に引っ越してきました。営業の途中、繁華街で見かけたフラメンコの看板、「また、やってみようかな。」という気持ちがよぎると矢も盾もたまらず、体験レッスンを申し込みました。今では昔以上にのめりこみ、気がつけば、勢いに任せてフラメンコ教室を主宰するようになっていました。そして、今もライブやイベントではファルーカを踊ります。もちろん、ソロで踊るばかりですが、ふとした時に彼女が側で準備してるような錯覚におそわれ、この曲を踊る時には懐かしさと悲しさがいつも胸にこみ上げるのです。
★ユミサンsama
ユミサンさん♪
明るくて楽しい投稿をありがとうございます^^
こちらへいらしてください。↓↓↓

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-22.html
アラホォーならぬアラカンで
私は今62歳!3人の子供を育て孫も5人います。子供が小さいときはパートで下の子が中学になって、ある百貨店でフルタイムで働きお陰様で子供達もそれぞれ独立し結婚していろいろありましたが、また夫婦二人の静かな生活になりました。その百貨店も不況のため閉店となり私は59歳でやむなく退職しました。公務員の主人も退職し、少しの畑で野菜を作り近くに住む姑を見ながら老後を・・・・と思っていました。でも、私は何かもやもやと生活に張りがなく、これから何を楽しみ、張合いに生きたらいいのか考えとりあえず心残りだった普通自動車の免許を取りに学校へ行き60歳で免許取得し今まで何処に行くのも主人に乗せてもらっていたのに、やっと自立した開放感を味わい,これに味を占めて何か出来ることは?と探しふとカルチャーセンターのフラメンコ募集の記事を目し、あっ!これだ!運動不足も解消できるし、音楽好きだしすぐ見学に行き、何とかいけるかも・・・なんて飛び込んだら、サア大変!山は高いし、壁は厚くトホホな生徒でした。でもそこは長く生きたおばさんです。根性は負けません。みなさんの足を引っ張りつつ、飲み会にも、呼んでもらって、年齢聞かれ、びっくりされて、教室の人の温かい親切に恵まれ、セビジャーナスは何とか踊れて、次に発表会があるときは、出たら?と言われて、うれしくし、今ブレリアのステップ、アバニコを持ってのグアヒーラに悪戦苦闘をしています。練習用にとファルダはピンクや2段フリルの水玉を買いヤッパ私は形から入ろうなんて負け惜しみを言いつつ毎週楽しく練習して、1年が過ぎました。夢はスペインに行き本場のセビジャーナスの踊りの輪に入って踊りた~いです。
★ひたーなsama
すっごく素敵なお話をありがとう!!!!
こちらにお越しください^^

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-21.html
フラメンコの神様ってイジワル
 長男の嫁となるのを契機に、長年続けたフラメンコを辞めた。嫁に習い事などあり得ないし、跡継ぎの出産は嫁の責務だ(いつの時代だ?)炊事・洗濯と並ぶように不妊治療に通い、結果に一喜一憂する毎日が続く。気がつけば、お先真っ暗な人生。頑張れと言われても、一体どう頑張ればいいの?もう少しと言われても、一体いつまで続けりゃいいの?唯一の楽しみだったフラメンコも奪われ、まるでダメ人間の烙印でも押されたかのように、女の本能を全うできない自分を責める日々に押し潰される。瞼が腫れるほど泣きじゃくったある暑い夏の日、たまたま手に入れた野外フラメンコのチケット。そこで久しぶりに観たアレグリアスに人目もはばからず涙を流した。ただただ生きていることの嬉しさに心が震えた。不妊治療はお休みすることにした。手に入らないものを、自分ではどうしようもできないことを、無理無理欲して人を羨み、自分をも嫌って生きるより、夢中になれる大好きなフラメンコを極めてみよう!そう固く決意し、目標設定して歩み出した矢先、あろうことか、この度授かった。こ、このタイミングなの?正直言って心境複雑なこの感想。でも、困難になればなるほど、絶対いつかやり遂げてやる!という意地がわく。いま私は、こう思うんだ。辛かったけど、この経験をして本当によかったと。人の痛みのわかる今の私がいるのは、もがいて苦しんだ過去と、そして、それを見守り励ましてくれた、たくさんの人達のおかげです。豊かな感性は豊かな人生と、そして豊かなフラメンコの表現力につながると信じて、これからも頑張りまーすっ!
(栃木県・ひたーな)

ヨラさん、こんにちはっ!!
文字数ちょっとオーバーだけど、頑張ってみたよーん。

よろしくお願いします~☆
★あっちゃんsama
こんにちは。勇気ある兆戦ありがとうございます。
チョー嬉しいです^^
ではこちらで少しずつ工事していきましょう↓↓↓

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-20.html
ヨランダさん。コメントははじめましてですが以前からヨランダ様の大ファンでした。
私の不幸はジャマーダができないことです。構えたときのポーズがきまらないし、動きがおかしいのかギターさんが呼ばれていることに気付いてくれないこともしばしば。
こんな私ですが参加できるでしょうか。ご指導お願いしたいです。
★さらこsama
さらこさん。一番乗りありがとう^^
こちらで待ってますぅ~♪↓↓↓

http://yolamenco.blog63.fc2.com/blog-entry-16.html
80人のパルメーロ
「80人のパルメーロ」

 町の神社祭りの演芸大会で、独身時代に習ったフラメンコを踊るという念願が叶った!
パセオ誌の投稿で「来年は10年ぶりに夏祭りで踊ります。」と宣言してから仲間を募る
も具体化出来ず、結局一人でCD鳴らして踊ることにした。まずビデオカメラで自分の踊
りを録ってみて愕然。完全に挙動不審ぽい。「とにかく、堂々と、フラメンコを好きな
気持ちが伝わるように踊ろう」と本番三週間前からセビジャーナスを教則DVDで確認し
てはビデオ録りながら練習…を繰り返した。思いの外時間がかかり、一番二番だけにする
ことにした。しかし、曲は一番から四番まである。そこでちょっとでもフラメンコらしさ
を出そうと、超苦手なパリージョをつけてまた一番二番を踊ることにした。こんな邪道な
ことが出来るのは、自分しかフラメンコをやったことがない田舎ならではでしょう…。
当日、会場である神社境内に行くとやたら注目を浴びる。誰にも出ることを伝えてなかっ
たので友人知人は驚きつつ、出番が終わるまで見守ってくれた。舞台では、一番と二番の
間奏でパルマを叩くと、司会をしていた親戚のおじさんが慌てて
「皆さん、手拍子をお願いします!」
…そうして観客約80名の方が温かく手拍子をしてくれた。チラッと予想してた展開に面白
くて楽しくて、ニヤけながら踊った。終わった後、たくさんの方に賞賛の声をかけられる。
ママ友たちは「来年はみんな出るから。一人じゃ寂しいでしょ?」ん?同情?ビミョーだ
が、少なくとも田舎でのフラメンコ、一歩踏み出した!

(北海道 さらこ 酪農家)
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